メーカーのエンジニアが語る、86があと一歩踏み出せなかったポイント
今回は、いつもとまったく違うアプローチで、某自動車メーカーのエンジニアとして勤務する友人によるトヨタ86のインプレッションをお届けします♪
先日、一緒にツーリングに出かけたんですが、彼はなんとレンタカーの86で登場(笑)
そして数日後、「言いたいことがあるから、ブログに載せてくれ!」ということで原稿が送られてきたので、掲載させてもらうことにしました(笑)
理系の性か、論文調でちょっと取っつきにくい感じはしますが^^;、内容は興味深いので、ぜひお読みいただければと思います。
※86/BRZオーナーの方は…もしかすると不快に感じられる部分もあるかと思いますが、一個人の主観ということでご容赦下さい。
86への期待
今回、遠出ということでトヨタレンタカーにて12時間ほどTOYOTA 86をレンタルしてみた。価格は免責保険を入れて13500円也。
走行距離は3000キロという、ほぼ新車の86をレンタルしたわけで、今一度この86を全開で攻め立ててやろう・・・というのが今回の趣旨となる。
86の発売は2012年。早いもので今から約3年前となる。
当時は鳴り物入りでデビューをし、未だに好調な売上を打ち出しているだけあり、トヨタにとっては大当たりだったのではないだろうか。実際に開発の大部分を握ったと噂されるスバルがどう思っているのかはわからないが・・・。
外観については趣味嗜好が多くを語らないが、近年の歩行者保護を配慮した丸いボディにしてはかっこよく仕上がっているのではないだろうか。
余談ではあるが、最近の車がすべからく丸いダンゴ虫みたいになってしまっているのは、空力への考慮もあることはあるが、殆どが歩行者保護のためである。そんな中、特にヘッドライト周りの作りは秀逸でこの目の造形が少しでも崩れていたらこの鋭敏なフロントマスクは成り立たなかったのではないだろうか。
デザイナーには賞賛の言葉を送りたい。
エンジン
乗車~エンジン始動
キーを挿してエンジンに火を灯す。
あっけなくかかるエンジンは、20世紀までのスポーツカーにあったような、「キーシリンダーと共に咆哮を奏でる」といった演出を見せてくれない。何事も無かったかのようにエンジンはかかり、静かなアイドリングを刻む。
やはり演出がない。
アクセルを少し煽ってみる。
「ボロロロロロロ」と、明らかに直列4気筒エンジンとは異なったエンジン音を放つ。
そう、このトヨタ車には、スバルの開発した水平対向直列4気筒エンジンが心臓になっているのだ。
FA20型水平対向エンジン
エンジンは86専用のFA20型水平対向エンジン。
水平対向エンジンのメリットは86の売りでもあるように、低重心化にある。
オイルパンの上にすぐにエンジンブロックとヘッドブロックが置いてある。その上にインテークマニホールドがあるというシロモノだ。エンジンの全高を下げられるため、ボンネットフードの高さを抑え、結果として、ドライバーのシートポジションも下げることができる。これはスポーツカーにとって大きなメリットだ。
しかし、水平対向エンジンの弊害は大きい。
1つはエンジンが横長になってしまうという点。クランクシャフトを中心に左右にピストン・コンロッドが動くため、横方向に対するスペース的な余裕が課題となる。
エンジンが幅広になると、サスペンションの設計に影響が出る。つまり、ダブルウイッシュボーンのような複雑な足回りの方式を採用することが困難となる。また、ストラット方式であっても、アーム類の長さを短くせざるを得ず、足回りのストローク確保が難しいということにある。
これらの「エンジンが横長になってしまう」というそもそもの水平対向エンジンの弱みに対して、スバルとポルシェはエンジンを横長にしないために、ショートストローク化することによって解消を試みている。つまり、ストローク量を減らしてあげればエンジンの横幅をコンパクトにすることができ、その減った分の 空間はサスペンションに使用したわけである。
一方で、狭くなってしまった燃焼空間はボア側のピッチを広げることで確保してきた。そのため、ポルシェなどは95×70などというボア優位のエンジンを設計している。これらの寸法は直列4気筒エンジンなどではほぼ見られない。
これまで、スバルの開発する水平対向エンジンもこの例にもれず、ショートストローク型エンジンだったため、水平対向エンジンは上までヒュンヒュン回るというのが売りにもなっていた。
(※ショートストロークエンジンは高回転に強く、その最たるものとして、F1などは超ショートストロークエンジンである。)
しかし、86の搭載するFA20エンジンはボアとストロークの比率が1:1のスクエア型エンジンになっている。
「どうしてか?」
それは、低回転でのトルクを太くし、燃費を良くするという命題がこの車には課せられているからだ。
エンジンはロングストローク化し、ボアのピッチを狭めてあげるほうが低回転でトルクのあるエンジンを作ることができるため、近年のエンジンはすべからくロングストローク化される傾向にある。御多分にもれず、FA20エンジンもエコの流れを尊重し、水平対向エンジンとしてはストロークが長い86×86のボア・ストロークを持っている。
2Lエンジンにおいてこの比率(1:1)は常套的であり、シルビア系列に搭載されたSR20エンジンも同一のボア・ストロークを採用している。
ストロークが伸びた次世代型のトルク型水平対向エンジンの問題を打開するためにスバルがとっている手法は、車の全幅を伸ばし、そもそものエンジン搭載空間を稼ぐというものである。
近年の車はだんだんと大型化しているからこそ、やっとスバルはこれまでの「5ナンバー枠でいい車を」という日本固有の呪縛から解き放たれ、燃費のためにストロークを確保することが許されてきた。
(余談だが、そういった意味では、スバルの技術力と努力の結晶は5ナンバーサイズで収まったボディの中に水平対向エンジンを収めることに成功しているBE/BH系レガシィやGC/GF型インプレッサにその妙を見ることができる。)
ずいぶんとメカメカしい話が長くなったが…。
つまり、86の水平対向エンジンは、これまでの水平対向エンジンにあったような「上までよく回るエンジン」という側面を押し殺し、「下からトルクがあって、乗りやすく、燃費の良いエンジン」という印象を得るために設計されている。
そう、実はこの車はエコカーとしての意識がかなり向けられているのだ。実際、峠をそこそこのペースで飛ばしたぐらいでは、終日の平均実燃費で12kmを切ることは無かった。
乗った気にさせる“だけ”のエンジン
エンジンは残念ながら官能的ではない。
3000回転まではちょっとレスポンスが良いカローラのように走りだし、3000回転からは急に「サウンドクリエーター」が威勢の良い吸気音を室内に取り込む。
このサウンドクリエーターとは、インテーク側の配管を室内にも通し、吸気音をダイレクトに車内に轟かせるというシステムである。このサウンドクリエーターシステムが非常にプラスチッキーな音を奏でる。10分程度の試乗であれば、非常に威勢の良いエンジンに感じるかもしれないが、長時間乗っているとまるでファストフードを口に詰め込まれている気分になる。
20世紀の車は、エグゾーストノート(排気音)を利用して、運転感を演出していたが、エグゾーストノートは周りにも大きな音を放つ。21世紀のエコを売り出す現在では、そのような演出を許してくれるはずもなく、小さな音を大きくして車内に取り込み、「運転している気にさせる演出」をしているだけの子供だましだ。
シャシー・足回り
長すぎるホイールベース
86の大きな問題点は1つである。それはホイールベースが長すぎるということだけだ。
ここで、86と他のスポーツカーのホイールベースを比較してみよう。
(カッコ内はホイールベーストレッド比)
- TOYOTA 86:2,570mm(1.68)
- MAZDA Roadster(ND):2,315mm(1.54)
- MAZDA RX-7(FD):2,425mm(1.66)
- Porsche 911(997):2,350mm (1.53)
- Lotus Elise:2,300mm (1.55)
ホイールベーストレッド比は、ホイールベースとトレッドの比率を示したものであり、数値が高いほど直進安定性が増す。つまり、世界中で名車と言われたスポーツカーの中で見ると、86はホイールベースが長く、直進安定性重視であることがわかる。
例外として、RX-7のホイールベースが長く、トレッド比も値が大きいことがわかるが、これは大パワーのターボ車であるからであり、本来ならば86のボディサイズ・重量・パッケージングならターボが装着されているべきなのである。
ターボを付けないのならば、車重は今のままでも良いからホイールベースを最低でもあと200mmは短くしないといけなかった。つまり、後席など最初から潰してしまえばよかったのだ。それができないのなら、ターボを積むべきだった。
FRという駆動方式を選択したのは正解だが、ホイールベースが長くては、そもそもの運動性能が発揮されず、せっかくの後輪駆動も意味を成さない。
前後50:50の重量配分に潜む罠
また、86はヨー慣性モーメント低減のため、ホイールベース内に重量物を収めたと謳っているが、ここにもメーカーの騙しが潜んでいる。
同じ位置にエンジンやミッションなどがあっても、フロントのタイヤ取り付け位置を前側にもって行き、ホイールベースを伸ばしさえすれば結果として重量物はホイールベースの中にあることとなり、「オーバーハングの重量を無くした」・「重量物を車の中心に持ってきたデザイン」なんてことが言えるのだ。
ヨー慣性モーメントの低減を語るには、まずは同一レベルのホイールベースが大前提である。そういった意味で、86はこれまでの名車と比較して語るための土台すらできていない。
また、世間一般では、前後50:50の重量配分であることが大々的に売り出されたりもするが、ここにも偽りが隠されている。
ヨー慣性モーメントの低減に対して重量的な意味で大切なのは前後50:50の重量配分ではなく、そもそもの車の軽さだ。前後の重量バランスなどは、リアシートやトランク部の内装の重量を重くしてやれば達成できる。
車の運動性能という意味では、同一重量であれば前後の重量配分 50:50がベストであるが、その数値にこだわるあまり車重が増えてしまっては何の意味もない。
スポーツカーとして求められる資質は、軽くて、ホイールベースが短くて、後輪駆動である。ほぼ、ただそれだけである。
良く出来たサスペンションに頼り切ったコーナリング
そもそもダラダラと伸びたホイールベースを持つ車に対して、サスペンションの資質を語ることはあまり気が進まないのだが、サスペンションの出来は良い。
よく曲がるようにセッティングされているし、轍などでフルストロークに近いバンピングをしながら横方向にGがかかっても車が外に逃げない。サスペンションのキャンバー・トーなどが必要以上に変化している感じもないことから、各部の取り付け剛性や、サスペンションアーム長も不足していない。
ここから分かることは、様々な方向に対して応力がかかっても、ボディがガッチリと受け止めて、サスに仕事をさせてあげられているということである。ボディは硬く、軽く、非常に良い。足回りもそれに耐えうるだけのキャパシティがある。
それだけに、ボディとサスペンションに頼り過ぎのコーナリング感が否めない。
悪い意味で軽く、プラスチッキー
あらためて86のデビュー以来、ガッツリと乗ってみたが、86を例えるならば、それは「全てがプラスチッキーである」ということである。
ボディは軽い、エンジンの回る感じも軽い、サウンドクリエーターの音も軽い、ステアリングも軽い、車に使われているプラスチックも安価な軽いものだ。
※写真は86″style Cb”のもので、標準車よりは質感の高いインテリア
総じて、運転した感じは悪い意味として軽く、プラスチッキーなのだ。
しかし、間違いなくトヨタとスバルのエンジニアは必死にスポーツカーとしてこの車を作ったのだろうという努力の跡は見える。
この車が意味することとは、文字通り安価な21世紀の国産スポーツカーの復活であり、同時に現代の技術の粋を持ってしても、20世紀のようなスポーツカーは作れないということの証明だ。
それは技術的な問題ではなく、様々な規制の問題だ。
衝突安全基準で大きくなるボディ、歩行者保護で丸くなっていく外装デザイン、排ガス規制でパワーを絞られていくエンジン、騒音規制で自己主張をしなくなるエグゾーストノート…。
これら全てが「楽しみ」から自動車を遠ざけていく。
ここから分かることは、「人間にとっての本質的な楽しみ」とは、刺激なのだということ。
この車はスポーツカーではあるが、刺激がない。
ホイールベースを30cm短縮すれば名車になれる
トヨタとスバルのエンジニアは、直ちに全長とホイールベースを最低でも200mm、ベストとしては300mm短くするべきだ。
あとは何もしなくていい。
子供だましのサウンドクリエーターシステムにも目をつぶろう。リアシートをまるごとつぶし、リアまわりのデザインだけなんとか帳尻を合わせよう。
そして出来上がるものは、クーペボディであるならばCR−Xの後輪駆動バージョンのようなデザインの車になるだろうが、本気の安価なスポーツカーには仕上がるだろう。Bセグの安価な2人乗り後輪駆動スポーツハッチとしての立ち位置を、既存車種の流用で狙いに行くことができる。
そして、それを買ったオーナーは直ちにサウンドクリエーターシステムを潰して、エキマニとマフラーを変えて、運転感をエグゾーストノートで感じよう。
あとは何もいらない。
それだけに、非常に惜しい車だ。
コメント
RX8のホイールベースはもっと長いですよーー
こんばんは。
たしかにRX-8は2,700mmもありますよね。
大人4人がちゃんと乗れて、そこそこ走れて、エンジンは気持ちが良いロータリー。
あんな変り種はそうそう登場しないでしょうね~。
今回のコラム、じっくり読ませていただきました。
改めて86という車は何だったのか?
スポーツカーとは何なのか?を考えさせられました。
近々、初代ビート(PP1)を中古で購入します。
歴代、280馬力のGT-Rなどにも乗ってきましたが、やはり「刺激」があって、走って楽しい(官能的な)車に落ち着きそうです(笑)
けんけんさん、こんにちは。
なかなか辛口な考え方なので賛否両論あるかとは思いますが、何かの気付きにしていただけたのなら幸いです。
純粋なスポーツカーとして見てしまうと厳しい部分は多々ありますが、86の功績は国産スポーツカーを復活させた点に尽きると思います。
2015年カーオブザイヤーにロードスターが選ばれ、2位にS660が続いたことが全てを物語っていると思います。
なかなか日本で乗るスポーツカー選びは難しいですよね。
GT-Rが名車であることは間違いありませんが、普段から楽しめるクルマとなると、やっぱり小さく軽く、常識的な速度で楽しめる1台ということになるんでしょうね。